「時間」の版間の差分

サイズ変更なし 、 2008年10月27日 (月) 16:20
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ここまでは良かったが、もっと長いものを決めようとしたとき、1日が偶然にも地球が1回転する時間と同じだったため、これにあやかって地球が太陽を一周する時間を'''1年'''と決め、小粋に洒落込んでみた。これは酷い失敗であった。他の時間単位はどれも「Aのx倍」「Bのx分の1」と計算できるものだったが、1年はそうはいかなかったのである。1年は365日と5時間48分46秒前後であり、1日単位で割ることができないのだ。仕方なく、1年は365日ということにして、4年に一度366日にし、100年に一度それをせず、400年に一度、それをしないのをしない、という苦肉の策をとった。このややこしいグレゴリオ暦とやらは現在広く使われているものである。しかし、1年と1週間の差が広すぎるので、中間にさらにもう一つ単位をつける事にした。それが'''1月'''(ひとつき)で、1年を無理に1日単位で12分割したもの。当然これも日数は一定せず、30日の月や31日の月がある他、2月は年によって28日だったり29日だったりする。{{smaller|(余談だが、こういった「月の日数」の問題がなぜ小学校の算数の授業に出るのだろうか?)}}
 
このように時間の単位は無駄に細分化され、人間の行動ガチガチに縛り付けるものとなった。ややこしいグレゴリオ暦とやらにいたっては、年の終わりに「年越し」という奇妙な儀式を執り行わなければならないし、生まれてから365日経過したことをなぜか祝う「誕生日」という記念日もある。しばしば「10年前の今日~」などのように言われる事があるが、10年前は10年前であるし、今日は今日でしかなく、両者には何の関係もないので注意が必要である。
 
==NEETによる解放運動==
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