エ口(えぐち)とは、日本伝承に登場する人名。全国的に広まっている民俗神話である。

概要編集

エ口の初出についてははっきりとした文献が存在せず、苗字であると考えられてはいるが下の名前は明らかになっていない。しかしながらごく古い時代から存在したことは明らかになっており、近代化が進んで多くの民族神話が否定された現代でも彼(女)の存在は信じられている。エ口の実態についても学説が分かれており、ある学者は、普段は人間の形をとっているが霊体化する能力を持ち、任意の人物に憑依することで一時的に身体を乗っ取り、普段はしないような特殊な行動をなさしめるとする。一方で人間のに生来的に宿っているものとし、エ口が心のどの程度を占めているかによって行動が変わるとする者もあって、正確な情報は得られていない。学会では前者の意見が有力であることから、本稿ではこちらを採用して記述する。

いずれにしても、彼(女)が存在していることは統計上・実務上間違いないことだと考えられており、現代社会から放逐することもできないだろうという点では、およそ専門家の意見が一致している。

歴史編集

前述したとおり、初出は不明。しかし少なくとも古代からこの伝承が存在したことは確実で、古事記の記述ではイザナギにエ口が憑依し、イザナミ行為を持ちかけたことが描かれており、ここに世界の誕生を求める者もいる。仮にこれが事実だとすれば日本全国にこの伝承が広まっていることにも合理的説明がつけられるが、まだ科学的証明はなされていない。

以降は日本史上の区分に応じて説明する。

平安時代編集

の強い影響を受けたこの時代は、内部で泥沼の政争が行われながらも表面的には安定した時代だった。特に貴族の女性は政界からは排除され、天皇家と血縁関係を持つための手段として扱われていた。こうして従属的立場に追いやられていた女性は、様々な形で恋愛に励むことになった。親に決定された結婚相手に対して愛を向ける者もいたが、そうした関係にはエ口が近づかない傾向にあったためどこか浅薄なところがあった。

一方で浮気不倫の類はエ口の強烈な好物であるため、こうした関係にある男女はすぐに行為に励むようにエ口に差し向けられてしまう。一夫多妻が制度化されていた当時、男性は好色として名をあげることにつながる一方で女性のそれは強烈な汚名とされたため、結果として勘当されるなどして身を滅ぼす女性も少なくなかった。しかしその刺激もまた強烈だったようで、源氏物語のような文学作品に多く描かれ、百人一首に入撰した歌の一部にはエ口の影響が認められる。特に蜻蛉日記では、夫の浮気を否定しながら彼への想いを抑えられない、エ口に対する交錯した感情が描かれているとして高く評価されている。

鎌倉時代~江戸時代編集

平安時代のエ口は男女間の恋愛、異性愛にのみ興味があったようだが、武士という身分が成立し、戦いの場に常駐する男性が増加すると、同性愛の機運が高まったことからエ口の行動パターンも変化した。戦国武将は美少年を侍らすことが一般的になり、江戸時代にいたると男性の娼館は女性のそれと同程度あるいはそれ以上に栄えた。好色一代男のように、大量の美男美女と関係を持つ人物も現れたのにみられるように、この時期がエ口の黄金時代であった。

明治時代~昭和時代期編集

この時代はエ口の衰退期である。明治時代、諸外国の圧力によって遊郭などがつぶされると、エ口はその活動場所を失った。昭和時代、とりわけ太平洋戦争が近づくと当局からの締め付けが強くなってエ口は表立った活動ができなくなった。戦後もこれをタブー視する思想は変化せず、エ口はわずかにアンダーグラウンドでのみ活動する存在になった。一部では暴力団との関わりが知られるなど悪評も広まり、彼(女)を嫌悪する者も出てくるようになった。

現代編集

 
実例。

こうしてフェードアウトしていくかに思われたエ口だが、あるものによって起死回生のチャンスを得る。インターネットである。あらゆる人物があらゆる形態の性的イメージを消費できるようになったことで、エ口の活動する窓口が一気に広がったのだった。彼(女)は中学生男子から50代の女性のそばにまで忍び寄っては憑依し、様々な性行動を行わせた。特にエ口は電車が好きなようで、20代以降の男性が電車に乗っている際に憑依する回数が比較的多い。ただしタブー視の流れは一応続いているため、女性専用車両などが作られることになった。

また彼(女)の名はかなり広まっており、実際に法に触れないまでも性欲を持て余す素晴らしい人物について、彼(女)の名を冠してエ口親父エ口ガッパ、あるいはエ口ババアなどの称号が与えられることがある。今後の彼(女)の活動に期待がかかる。

関連項目編集