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虎ノ門

虎ノ門(とらのもん)とは東京港区の地名。江戸幕府歴代将軍愛玩のが飼育されていた江戸城虎御殿の出入り口にあったことからこの名がついた。維新政府による江戸城無血開城後も虎の飼育は続けられ、日本はおろか世界でも希少種となった虎の人工繁殖に成功したことでも名高い。英語名は「タイガー・ゲイト(Tiger gate)」。

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「虎ノ門駅」の項目を執筆しています。

目次

虎の人工繁殖編集

江戸時代から続く虎の飼育は、朝顔といった園芸植物や、金魚鈴虫といった生き物、あるいは鷹狩りに使う鷹の人工繁殖と並び、日本が世界に誇る伝統技術である。幕末には4000頭を超える虎が、虎御殿で放し飼いにされており、将軍の愛玩動物だけに誰も虎の悪戯(いたずら)を抑えることが出来なかったのである。

そのため虎御殿のご奉仕役は、引っ掛かれるわ、齧られるわ、殺されそうになるわで、生傷と流血が絶えない職場であった。かの安政の大獄で活躍した大老井伊直弼も、ちょっと虎の頭を撫でようとしたら、途端に頭から齧られそうになったのである。将軍愛顧の虎であるから無礼討ちにはできない。井伊大老は虎ノ門まで命からがら逃げて、一息ついたが、そこでガブリと噛みつかれて卒倒したのである。世に言う「虎ノ門外の変」である。(幸いにして井伊大老は一命を取り留めた。しかしその三年後の1860年、江戸城の門の側で、水戸浪士らに首を打たれるとは思いもしなかったであろう。これが「桜田門外の変」である)。

このように虎の人工飼育が順調すぎて、次第に手に負えなくなってきたのである。ちなみに幕末までは処刑された罪人の多くは、虎たちのおいしい食事に様変わりして、あとくされなく綺麗さっぱり片付けられたのだが、明治維新後は罪人の死罪を政府が控えるようになったため、さすがの虎飼育所もそのまま存続することが出来ずに、檻(おり)の管理を怠り、そこかしこに野良虎が出没することになったのである。この一帯が「虎ノ門」と名づけられたのは、何よりも「猛犬注意」の表札ならぬ「猛虎注意」の表札の意味を兼ねての地名だったのであり、東京の怖さをろくすっぽ知らないおのぼりさんが虎に噛まれて右往左往するのを避けるための心遣いだったのである。野良虎の危険は大正時代まで続き、関東大震災後にようやくなくなったと伝えられている。

虎の名を守り抜く編集

やがて昭和初期になると野良虎の被害も報告されなくなり、残っていた飼育虎も上野動物園などに引き取られ、この地域は「昔、虎がいたところ」の「虎ノ門」とだけ認識されるようになって、普通の街と変わらない様子になっていく。

それもそのはず、1935年(昭和10年)に発足した阪神タイガースによって、虎といえば大阪を中心とする関西が本場になってしまったのである。そればかりか東京ジャイアンツが発足した以上、「虎ノ門」も「巨人の門」にしろとの読売グループの強い圧力があったのである。今更、道頓堀にダイブする関西球団の仲間に未練はないが、それだとて徳川将軍家から続く、由緒ある「虎」の名である。この街に住む住民や、近隣の官庁街の人たちの「巨人の門反対運動」の後押しを受けて、この改名騒動は「虎ノ門」でひとまず決着がついたのである。しかしこの騒動をきっかけに関西方面に移住した人々も少なからずいて、これが猛烈な阪神ファンになったという話も伝わっている。

ともあれ、虎ノ門は、世情喧しい戦争前後の時代にしばし休息の時代を迎える。

虎の穴とタイガーマスク編集

ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「虎の穴」の項目を執筆しています。

官庁街と特殊法人の街編集

焦土となった東京が復興に向かうのは1950年代初頭(昭和20年代後半)のことである。この時期に霞ヶ関の官庁街は整備され、その脇を丸の内線日比谷線が通るようになったのである。霞ヶ関と補完し合う虎ノ門界隈も、一部は官庁街に組み込まれつつ、また一部は官僚が天下ることで知られる特殊法人公益法人の集まる街区へと変貌していく。そして陳情・圧力・談合・癒着を合言葉に日本の政治の裏側を支配することになるのである。

「虎ノ門」の「虎の穴」編集

虎ノ門に籍を置くそうした特殊法人の一つに「国際貿易センター」という組織があった。しかしそれは表の顔で、裏の顔は「虎の穴」という冷酷非道な悪の組織であった。折りしも1960年代から始まる日本の高度経済成長も順調に推移し、人々の娯楽としてテレビが普及し始めた頃である。この時期、テレビで老若男女を問わず興奮させたのは、力道山に率いられたプロレスラーたちであった。彼らのファイティング・スピリットは、今までになかった新興市場を生み出し、自ずと放映権や興行権を主張する裏の世界の人々とのややこしい関係をもたらしたのである。「虎の穴」はそうした裏の世界の入り口であった。

「虎の穴」は孤児たちを巧みにさらい、悪魔のようなスパルタ教育とシゴキで、レスラーに育て上げた。しかも反則をものともしない徹底的な悪役としてである。この悪役レスラーのインチキで汚いカネが闇の世界を回り、「虎の穴」は特殊法人や官庁街の怪しい面々と癒着を深めていったのである。しかも悪の道に手を染めた以上、引き返すことはもう出来ない。裏切り者にはリングの上での無慚な死が待つばかりである。そしてレスラーたちにはシゴキのときに聞かされた声が響く。「トラだ、お前はトラになるんだ!

タイガーマスクの無差別攻撃編集

あまりに惨い「虎の穴」でのシゴキに対して反旗を翻したのが、あのタイガーマスクである。正義を貫くために「虎の穴」に復讐を誓ったタイガーマスク。彼は、清廉潔白の正義感に溢れた闘士であったが、いかんせん、かなり雑なところがあって、「虎の穴」関係者だと思い込むと、悪の仲間だろうが一般人であろうが、すぐさま脳天にチョップを食らわすようなおっちょこちょいなところがあった。しかもここは「虎ノ門」である。「虎の穴」と似たような名前がそこらじゅうにうじゃうじゃしているのである。いきなりタイガーマスクに、ビンタや頭突き、キンタマ蹴りや入れ歯飛ばしをされた無関係な被害者が後を絶たなかった。

さすがに「虎の穴」関係者も恐れをなして、保身のためにタイガーマスクと同じマスクを真昼間なのに、酒も飲んでないのにかぶるようになったのである。そうすると不思議なもので、癒着をバラされたくない特殊法人関係者もマスクをかぶるようになったのである。タイガーマスクに暴行された時に機密書類でも手元から落としたら元も子もないからである。かくして官庁街はタイガーマスクばかりが街を練り歩き、右を向けばタイガーマスク、左を向けばタイガーマスクといった状況で、誰が誰であるかわからず、ついに「虎の穴」もタイガーマスク打倒をあきらめてしまったようである。

お前もトラになるんだ編集

虎ノ門界隈ではこのようにして、タイガーマスクが傍若無人に暴れまわったおかげで、悪と戦うタイガーマスクを英雄視する若き官僚やビジネスマンが、今も後を絶たない。彼らの仕事はストレスがたまるものばかりである。ノーパンしゃぶしゃぶにでも行ってウサを晴らしたいが、世間の目が厳しいご時勢とあって、そうした行為が許されるわけでもない。となると、彼らは、ネクタイをはずし、タイガーのマスクをかぶり、大酒をかっくらって叫ぶわけである。「トラだ、お前はトラになるんだ!

近頃は虎ノ門からちょっと丘を登ったホテル・オークラパストラル虎ノ門あたりに宿泊している外国人ビジネスマンや旅行者も、こうした虎ノ門の風習を知ってか、「日本ノ奇習、東洋ノ神秘、最高デェス!」といって、タイガーのマスクをかぶって、巷(ちまた)の雑踏にまぎれて、酒をかっくらい、ドンちゃん騒ぎをして、狼藉の限りを尽くす者もいると言う。外国人であれ日本人であれ、アルコール類の飲みすぎについては、「虎ノ門」の「トラ箱」にご厄介になることになるので、くれぐれもご注意を。

地下鉄虎ノ門駅の問題編集

東京地下鉄虎ノ門駅は、厳密にいえば港区と千代田区の間に位置するため、始めは酔っ払い同士のささいな言い争い程度の事件でも、通報で駆けつけた警官同士が事件処理に当たる前にどちらの管轄かを言い争う場合が多く、そのうちに殺人事件にまでエスカレートしてしまったケースも少なくない。 また、千代田区は禁煙条例があるが、港区には同様の条例がないため虎ノ門駅付近では歩きタバコの愛煙家が港区から千代田区区域に足を踏み入れた瞬間に警官に射殺されることも日常の光景としてしばし見られる。

関連項目編集