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概要編集

奈良時代とは710年から794年まで続いた奈良の役人貴族坊主が天下を治めた時代である。一部では天皇が傀儡でなかった最後の時代とも言われているが、このころからすでに天皇の傀儡化は進んでいたのである。実際奈良時代の始まりと言える平城京建立は天皇ではなく藤原不比等の主導であり、大宝律令に関しても天皇はGOサインを出す役割だけであった。役人が制度を作り、トップは承認するだけという構図は官僚国会議員という形で現在に引き継がれている。

文化編集

日本が天皇制を維持しながらも仏教に強く肩入れし出したのは奈良時代とされている。すでにがいるのに仏を信じられるのは多神教さまさまである。ただし、仏教に肩をいれすぎて坊主に皇統を乗っ取られかけたのはどうかと思う。

仏教は遣唐使から伝わったが一部貴族しか信じていなかった、それを憂いた聖武天皇が国分寺を全国に建てるという形で布教したため庶民にも仏教が伝わった。また中国文化は仏教とともに伝わり、日本の天平文化を形作った。また経済も発展し、全国共通の通貨が出来たのもこの時代である。

それからせんとくんが生まれたのもこの時代であり、1400年も生存しているというを超えた寿命を持つ。現在でも生存できるエネルギーは坊主の念力と鹿の生存力、そして主食である鹿せんべいから生まれているのであろうか。

現在編集

こうした84年の残骸は今の奈良県に色濃く残っている。たった84年であるが奈良が天下を治めていたのだ。厳密には飛鳥時代も奈良県明日香村のあった場所で起こったし、大量の古墳がこの県に残されていたりもする。要は奈良と呼ばれていない時代、さらには日本の創世期から奈良時代までは奈良が天下を治めていたようなものなのだ。逆をいえば奈良時代の終わりは奈良県栄光の時代の終焉であるということである。平安京は奈良栄光の時代を終わらせた。ここで言いたいのは奈良県は大量の遺跡を残して時代から取り残されていったという重大な事実である。

そのためか知らないが現在の奈良県は悲惨なものである。重要な歴史観光地のはずなのに奈良ではなく京都に泊まられたり、東京行きの直行便が日本で唯一なかったりと地味にはぶられている。平安時代以降は歴史に大きくかかわることもなく、奈良を舞台にした作品も基本的には奈良時代以前歴史がらみであり、そうでなければ鹿が絡むか伝統工芸品や考古学がからむことが多い。例外も少数ならがあるが大半がそのたぐいである。大和が日本と同義語であった時代は終焉を迎えソードマスター宇宙戦艦の名前にその名残を刻むだけとなった。

なお、前項の擁護するわけではないが、奈良県は建て倒れとも言われ牛肉消費量やピアノ所持世帯割合一位など微妙なトップをとっており、牛肉界やピアノ界ではいまだに奈良時代であると言っていい。そして本当の意味で奈良県がこの日本を代表する県になった時やっと現在が奈良時代と呼ばれる日が来るのだろう。

関連項目編集