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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「合唱」の項目を執筆しています。

合唱(がっしょう)とは、複数の人数が、複数の声域に分かれて歌うという自己満足の一種である。歌い手が上手である場合は、すばらしい協和音が生み出され、聴く人も満足できることが多いが、下手な人物の集まりだと、不協和音が盛大に生み出され、完全な自己満足に陥ってしまうことが多い。なお、最初から不協和音を生み出すことを目的に制作された作品も多数存在するので、ちょっと聴きにはどちらかわからないことも多い。

目次

概要編集

 
7世紀ごろの聖徳太子とその子分みたいな奴の合唱の様子。

複数の人数が複数のグループに分かれて、それぞれのパートごとに違った音域を同時に歌うことを合唱という。合唱は複数の人間がひとつの曲を歌うことで、人間の声だけで協和音を作り出すことができる。これが独唱との大きな差であるといえる。合唱は非常に上手な人がやると、すばらしいハーモニーが生まれ聴衆を感動させるだろう(一度ウィーン少年合唱団でも聞いてみろ!昔の人が「天使の歌」と言った理由が簡単にわかるぞ!)。一方で下手な人同士でやると、不協和音がこれでもかというほど発生し、観客を苦しめることとなりたちが悪い。ジャイアンが集まって合唱している姿を思い浮かべればいいだろう(ただし想像した結果、毒音波でがどうかなってしまっても責任は負わない)。

歴史編集

上の画像にもあるとおり、日本の合唱の歴史は飛鳥時代にまでさかのぼる。渡来人大陸から伝えてきたという説が有力である。

一方ヨーロッパでも古くから合唱は親しまれててきた。一方で、中世では声変わり前のの子の歌声に惚れたショタコン野郎どもは、「天使の歌声」をずっと維持したいがために、キンタマをとられた男子だけで構成された合唱団を作り上げてしまった。歌声のいい子供がヨーロッパを旅行する際は注意が必要である。さらわれて気がついたらモロッコにつれていかれるかも・・・

現在における合唱編集

日本における合唱の現状について解説する。

合唱団による合唱編集

現在、日本のプロ合唱団は東京混声合唱団のみである(他にもプロ合唱団と呼ばれるものは存在するが、固定の給料を得ながら活動しているのは東京混声合唱団のみである)。つまり合唱を歌って給料をもらってそれで食ってるのは日本全国でたった40人弱で、きわめて狭き門である。合唱で飯を食おうなどとはゆめゆめ考えない方がいい。あとはスター混声合唱団も含めすべてアマチュアの自己満足団体。自己満足が自己だけの満足で終わってないところもかなりあり、そうした団体の一例として京都エコーがある。10〜20代の合唱離れが深刻で、たまにちょっと目覚めたやつがいてもハモネプにさらわれてしまうので、大半の合唱団は少子化高齢化限界集落化しているのが実情である。アマチュア合唱団をまとめる組織として全日本合唱連盟(JCA)があるが、くそ日教組と同様組織率は20〜30%程度であり、そこら辺のママさんコーラスなどはほとんど加盟していない。むしろコンクール主宰団体としての色彩が強い。しかし、中には「仕事と合唱どっちが大事なの!?」「子育てと合唱どっちが大事なの!?」と無理やり強制して練習させたり、演奏会をさせたりする団体があるので注意が必要である。不幸にもそのような団体に入ってしまった場合、発狂してしまい、楽譜を放棄して夜逃げする者もいる

  この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)

学校における合唱編集

 
合唱コンクールの人気曲のひとつ。

たいていの中学校高等学校には合唱コンクールというものが存在する。学校としてはこの行事を通じて、クラスの団結力を高めようという狙いがあるものと思われる。しかし、実際のところは以下に示すようなことがおきてまったくうまくいかないのである。間違っても3年B組金八先生等のドラマのように、いざこざのあと生徒同士のが深まりあって、本番で大成功するということはないので注意するべきである。

以下はコンクールまでの期間によく見られる光景である。

  1. パート分けでやる気のない人はいつの間にか中音パートへ。
  2. 練習をサボってしゃべりまくるため、パートリーダー、女子からキレられる。
  3. 全体練習でもまじめに参加せず指揮者を泣かせる。
  4. 先生に怒られて仕方なく参加。だけど口パク
  5. 練習不足で下手な歌を披露。

歌うときの表情編集

十人十色、これは人により明らかに違う。曲調に合わせて腰から上の部分を前に45度ほど傾け、全身で音楽を表現しているものが代表的といえる。 また、これは田舎に多く見られることだが、体自体を斜めに構え、指揮者と平衡になりたくなさそうな分陰気をかもし出すものもいる。 このような者に限って先ほどのように前かがみになったり、なんか気持ちよくなっちゃって手が勝手に動いてしまうといういわば乗り移られたような動きをするときもある。このようなことを見かけた場合、一番有効的な解決法として、まず自分の隣の人と話、分かち合い、くすくすと笑ってやるのが一番である。 以上は歌う気のある人の例だが、歌っていない人もこのような動きを見せることがある。 これは、「何で歌わないのよぉ」と、ほざく女子や、先生の目を逃れるため、あえて“歌ってるぜ”的な雰囲気をかもし出すために用いられる。 この場合、しっかり歌っている者にばれると、下に見られているような目線を感じることがあるので、死の覚悟の必要がある。 また、進化系として‘あえてぜんぜん歌ってないぜ感’を出しているものもいる。いわゆる、クチパクもせず、かといって体を動かさないと言うことである。 これは身の危険にさらされることが大半と言われているが、あまりにもひどい場合、もうあきれられるか、「そんなあなたがかっこいい」と、物好きな異性が現れるな合いもあるというから世界とは不公平である。

関連項目編集


  合唱は腹を切って死ぬべきである。また合唱はただ死んで終わるものではない。
唯一ネ申又吉イヱスが地獄の火の中で加筆・編集させる者である。
合唱を笑って見ているだけの者も同様である。理由は未完成であるなら自ら完成させるべきだからである。
詳しい理由は選挙公報等で熟知すべし。 (Portal:スタブ)