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この記事にはユーモアが不足しています。治療には十分な栄養と日光愛情2頭の牛が必要です。
ユーモアの摂取方法にも十分気をつけましょう。
卑弥呼
卑弥呼.png
卑弥呼全盛期
見た目の破壊力は抜群である
基本資料
本名 卑弥呼 
通り名 謎の巫女 
生没年 不明 
身体情報 ガチムチ 
職業 ツンデレ 
好物 イイオノコ 
出身地 倭 
出没場所 この地球のどこか
親戚等

貂蝉

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「卑弥呼」の項目を執筆しています。
Quqpacmanlogo3.png
卑弥呼が放った発言は、後世の物好きのために、有志たちによって「Unquotable/君主」へ収録されています。

卑弥呼(ひみこ)とは、

  • 2世紀から3世紀ごろに邪馬台国で活躍した女王兼自称超能力者の占い師。生まれ変わって現代の風俗嬢、又はAV女優。本名などには数々の憶測があるが不明。AVライターの陳寿によればマネージャーは実の弟。陳が会見したときには「実は白人だった」といい、マネージャーの弟以外の一般人との接触はしていなかったという。この項目で記述する。

目次

前世編集

2世紀の弥生時代に日本列島のどこかで誕生したとみられるが、親の名前はもちろん幼少期の履歴は一切不明。ただ卑弥呼は成長すると、「私はお日様(太陽)の御神託を人々にお伝えする卑弥呼です」と大法螺を吹いて、弟と2人で各地を渡り歩いてテキトーに稼ぐようになった。すると2世紀末の西暦180年頃に、有力者たちが「卑弥呼様を、わが邪馬台国の女王にしたい」と申し出てきた。卑弥呼は「なんで私が!!?」と仰天したが、有力者たちは「これまで誰を邪馬台国の王にするかで争ってきました。しかしお日様の御神託を伝えるあなたが王なら、誰も異存ありません」と口をそろえて言う。そもそもお日様の御神託なんて本当はないのだが、今さら「お日様の御神託は、私が稼ぐためのデマカセなんですう」とは口が裂けても言い出せず、女王を引き受けざるを得なかった。そしたら30か国以上の国々が卑弥呼を女王とする邪馬台国の傘下に入ってしまった。

領土が増えればトラブルも多く、卑弥呼様の「お日様の御神託」で解決してほしいという事案が激増する。今さら「お日様の御神託なんて本当はないんですう」なんて言い出せず(もし口を滑らせて真相を言ったら、卑弥呼は女王廃位のうえ斬首は間違いない)、弟と一緒に知恵を絞って「御神託」を考えつつ、自分の姿をできる限り他人に見せないようにすることで、自分の神秘性を高めることに努力した。それでも卑弥呼は人間である。即位して50年が過ぎて、卑弥呼もおばあちゃんになると、ほころびが目立つようになる。特に邪馬台国の敵国である狗奴国との戦争では、卑弥呼自身に軍学の知識がないため、どのように軍を動かし、どうやって敵の城を攻め落とすのかといった戦争に勝つための戦法が皆目わからず、「御神託」が外れてしまう事態が続き、みんなが「あれ?御神託なら間違えるはずがないのに何で戦争に勝てないの?」と疑問を持つようになった。

危機感を抱いた卑弥呼は、大国である中国の皇帝に自分の身の安全を保障してもらうことを思いつく。その頃の中国は三国志の状態で三つの国に分裂していたが、そのうち圧倒的に優勢で、なおかつ日本に近い所を支配しているのは魏という国であった。卑弥呼は西暦239年に魏に使者を送って貢物を献上すると、魏の皇帝から「親魏倭王」の官位を与えられ、お土産として当時の日本では珍しい鏡100枚をもらった。そのおかげで、もし大国の魏から王に任命されている卑弥呼を排除しようとすれば、魏からお怒りの鉄槌が下るということで、卑弥呼の御神託を疑っていた者たちも卑弥呼に反発していた者たちも卑弥呼にひれ伏すほかなかった。卑弥呼は魏の皇帝からもらった鏡を傘下の国々にもそうでない国々にも配り、「私は魏の皇帝から認められた倭王なのよ!!私に逆らったら魏の皇帝がお怒りになるということなのよ!!」と誇示し、自分と敵対しないように釘を刺してまわった。魏からもらった鏡のストックがなくなると、魏の鏡の模造品を大量生産して、各国にさらに配り続けた(おかげで魏の年号改元で、実在しないはずの「景初四年」と彫られた鏡が中国でなく日本で出土する事態となった)。また、さらに魏の皇帝から黄色の軍旗をもらうなどして、卑弥呼の地盤は魏のおかげで強化され、もう卑弥呼体制は盤石だと思われた矢先に、皆既日食が発生する。お日様の御神託を伝えることができるはずの卑弥呼は皆既日食の説明ができず、まごついているうちに寿命が来て亡くなったのであった。西暦248年頃とみられている。

卑弥呼の死後、男性の有力者が王になったが、国は治まらずに内乱が勃発し、大勢が亡くなった。そこで卑弥呼の遠縁の親戚である13歳の女の子・壱与が女王に即位した。壱与も「お日様の御神託」で邪馬台国及び傘下の国々を治めようとしたとみられるが、さすがに13歳の女の子に「御神託」を演技して、大人を従わせるのは無理があった。そこで壱与は卑弥呼を真似て、中国大陸で魏を滅ぼして新たに誕生した晋という国に西暦266年に貢物を送ったものの、特に官位や珍品は与えられなかった。その後、壱与がどうなったのかは全く不明である。判明していることは、その後の日本史で、卑弥呼や壱与のように御神託で国を治めるような女王は出てこなかったことだけである。

AV出演作品編集

生まれ変わったら自由奔放に生きたいという卑弥呼の遺志は1800年後に生まれ変わってAV女優になることで、かなえられた。生まれ変わった卑弥呼はコスプレを好み、素人男優と絡む作品に多く出演した。またサンダルを履いてのSM作品も多い。これは今日におけるハイヒール使用作品の走りである。これらの作品は『カムイ』という名がつけられており、アイヌ民族からもネ申と言われる伝説的AV女優であったことが分かる。他にも多くの作品で火を焚いてまじないすることも多く、これは今日のローソクプレイの起源と考えられている。

騎乗位でのプレイが多かった為に腰を痛め、晩年はAV業界から引退。風俗店で泡姫として第二の人生を送った。70歳を過ぎても現役で活躍しており、超熟女泡姫であったといえよう。

後継者編集

当時絶対的な人気を誇るAVアイドルであったため、彼女の引退によりAV業界は危機的な状態に陥った。

そこで卑弥呼自身が後継者として壱与という女性を指名した。ちなみに壱与の出演した「イヨチャンFUCKだピョン!」はベストセラーを記録し、この販売枚数1000万枚はいまだに破られていない。ちなみに壱与のデビューは13歳であり、リアルロリータものである。現在これらの作品を取得しようとすると児童ポルノ処罰法に抵触するので注意されたい。

邪馬台国論争編集

前世の卑弥呼の死後、卑弥呼を忘れられないオタクたちが引き起こした論争。追っかけに必要な卑弥呼の自宅「邪馬台国」がどこにあるかをめぐって日中韓三国のオタどもが激論を戦わせたが、九州説・大和説・四国山中説・琉球説・エジプト説など主張が乱立したのみで現在まで解決を見ず、えんえんと論争が続いている。大和説が有力だが、ただ大和説だと天皇の先祖が卑弥呼になる場合が考えられ、それをどう考えるかで論争が新たに沸騰している始末である。この論争の長さとレス数の多さは、後に「石川梨華ってウンコするの?」論争に破られるまで論争のレコード記録であったが、また抜き返しつつある。

男関係編集

人気AV女優であったため、現役時から男関係のスキャンダルが多かった。

有名な相手として、人気ハメ撮り監督のムラニシヒコがいる。彼は卑弥呼の財産を持ち逃げしたようだが、卑弥呼のAV出演料は非常に高かったため(現代の価格で出演料500万円)、大した痛手にはならなかったようだ。一方でアメノオシホミミ、アメノホヒ、アマツヒコネ、イクツヒコネ、クマノクスビといった隠し子がいたとの説もある。このような華やかな恋愛経歴も彼女の人気の一因となっていたようだ。

一発ギャグ編集

  • 卑弥呼の「卑」は、卑猥のひぃ~~!!

関連項目編集


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